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8月, 2017の投稿を表示しています

170830 ブルガリア Biser 298km

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ついにヨーロッパに入りました。トルコ側ではトラックの渋滞が国境手前10kmから始まり、渋滞ではなくもはや駐車でした。物流の仕組みはなんとかならないのでしょうか。効率が悪いように感じます。素人の発想では、列車を使えばいいのにと思いますが、どこの国の車両を使い、どこの国が線路を敷設するのかなど、すんなりとは進まないのでしょうか…。  イスタンブールを抜け、郊外らしき道に出るまで80kmほど走りました。さすが大都会です。立ち寄ったガソリンスタンドでは店員さんが椅子をすすめてくれました。イスラム圏あるあるです。   トルコでは、観光地以外でキャンプ場がなかなか見つからなかったので、モーテルを含めてホテルに3回泊まりました。(8日間滞在)これから先は野宿が禁止の国があり、ガソリン代も高くなるので、大変です。。。
 ブルガリアへ入国するのに、トラックはもちろんのこと、車も大混雑でした。私たちはすり抜けと横入りの連続をして1時間ほどで済みました。まともに並んで国境越えをした車の人は朝の9時に並び始め国境を越えブルガリアに入ったのが朝の3時だったそうです。。陸路での国境越えは大変です。。。国境を出たところでグリーンカード1か月分に加入。1人40ユーロ。事務所外にいくつか椅子はありましたが、地元のおじさま方が涼んでいました。イスラム圏はもうおしまいです。。。

170829イスタンブール Istanbul 122km

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人口1480万人(実際は2000万人以上とか。。。)の大都市、イスタンブールへやって来ました。ジャンさんのコネでibisホテルに割引価格で宿泊できることに。ここの支配人アハメドさんがアフリカツインに乗りたいそうで、私たちを招待してくださいました。  アハメドさんによれば、又税率が変わりトルコで外国の高級車を輸入すると税金250%が課されるそうです。多くの自動車メーカーがトルコに進出していますが、現地に住む人々が購入すれば、高額な税金が課せられるそう。バイクでは年間で購入価格の20%を政府に、さらに20%を保険代として支払わなければならないとか。中国産のバイクがよく走っていたのはそのためですね。ちなみにアハメドさんはHONDAの車を2台、バイクを1台所有しています。トルコの人が大きなバイクを持つことはまだまだ難しいようです。
 トルコ各地で見かけた難民の話も聞かせていただきました。公表されているのは250万人ですが、実際はそれを上回る数字。東京の人口を上回る大都会イスタンブールで、正確な人口が測れないのはそのためです。国境は無いに等しいとか。今はよくても、10年後には問題になるだろうと話していました。日本は難民受け入れが一桁です。良し悪しは別にして、鎖国状態に変わりはないと言えます。
 イスタンブールは、ボスポラス海峡を挟んでアジアとヨーロッパに分かれる場所。クラクションが鳴り響くほどの交通量で、道行く人も様々。観光地として有名なグランドバザールに行きましたが、人がごった返すイメージ通りのバザールはその周辺にありました。中でも気になったのは、ムスリムの女性がいろいろと買い占めている光景。今は断食明けの犠牲祭(2017年は9月1日~3日)が間近に迫っている時期なので、イスラム圏では休暇となり、旅行に来ている人が多いようです。

170827ー28 コジェイリ Kocaeli 591km

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トルコを代表するジェントルマン、ジャンさんのお家にお邪魔することに。部屋に入ると「It’s your house.」のお言葉。ありがたい限り…。久しぶりに休息できます。  パムッカレからここに来るまで、ぶどう畑エリアがありました。聞けば、干しぶどうの他にワインも作っているとか。イスラム圏でもお酒を作るとは驚きです。  今日は、トルコで初めて高速道路を使いました。料金は1人11リラ。私たちは渡りませんでしたが、イスタンブールへ渡る橋は、バイク一台65リラするそうです。その橋を作るために日本人が協力したそうです。  日本を出て20000キロ突破記念に、日本食でお祝いしていただきました。

170826 パムッカレPamukkale 384km

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トルコは高層ビルが現在絶賛建設中で、広々とした丘陵地帯でもマンションが並んでいます。聞けば、土地代が高くなったのでマンションが増えたそう。道路を作るために現在の消費税18%に上がったそうです。20年ほど前は札束で水を買ったのに…。時代は変わるものです。  パムッカレのヒエラポリスは2世紀頃のローマ帝国の遺跡が残る場所。中央アジアではモンゴル帝国の、トルコではローマ帝国の強大さを感じます。
 ヒエラポリス、石灰岩の華段丘は入場料1人35リラ。遺跡の中にあるテルマエはさらに32リラの入場料。なかなかの景観でしたが、最近節約することにハマっている私たちは入浴しませんでした。代わりに世界遺産の石灰が堆積している温泉へ。温水プールほどの水温で気持ちよかったです。

170825 Ertuğrul 359km

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初めて、ガソリンスタンドで野宿することを断られました。人目につくから危ないだろうとのこと。その気遣いはありがたいのですが…。結局別のスタンドで寝ることに。トラック達に壁になってもらいました。
 今日はデリンクユにある地下都市へ。キリスト教徒が弾圧を逃れて地下に住んでいたという場所です。途中までしか行けませんが、当時は地下8階まであったそうです。今はモスクの真横に教会がありました。実際に中に入ってみると、洞窟の中に無数の部屋が作られ、「町」の入り口は岩の扉で塞ぐようになっています。いつの時代も思想を束縛することはできませんね。

170824 ギョレメGöreme 386km

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カッパドキア近くの町、ギョレメ。洞窟ホテルが連なっていますが、私たちはPanorama camping。夕焼け、夜景、早朝の気球達。いろいろな景色を満喫しました。アゼルバイジャン行きのフェリーで会ったジャンさんとも再会。
 ガソリンスタンドでは、ジュース代を無料にしてくれることもありました。私たちを見て、マシンガントークが止まらないオーナーさんも。トルコ人と同じように日本人のことが好きだと熱弁。聞けば、お父様の代からエルトゥールル号の話を聞いて育ったそう。1890年の話が、家庭でも語り継がれているとは…。トルコは、そのお返しにイラン・イラク戦争でテヘランに取り残された日本人を救ってくれました。心に留めておきたい話です。

170823 ギュムシャーチキュ?Gümüşhacıköy 293km

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トルコのガソリンスタンドには洗車場があります。空気入れがあります。ペットボトルの水でとりあえずブレーキ周りを掃除したり、バイクの電源を使って空気を入れることは、この先しばらくないでしょう。  バイクで走っていて、誰も手を振ってくれないことに寂しさを感じなくなりました。制限速度を気にせず、横を走る人がどんな人か気にせず、みなさんビュンビュン走り去っていきます。時間に追われて忙しいのでしょうか。毎回挨拶してくれた中央アジアが、もはや懐かしいです。
 黒海を離れ内陸に入ると、道路すぐそばの山肌で生活している人たちがいました。難民の方々でしょうか。立ち寄ったスタンドの洗車場で働いていた方はシリアから来たそうです。ドゥシャンベではアフガニスタン出身、イギリス在住の青年に出会いました。彼は大学に通っており、世界を旅してみたいと熱く語っていました。仕事があればまだましで、ヨーロッパに行くことができる人たちはそれだけ余裕があるのでしょう。中央アジアの地方の村では子供たちがハイタッチを求めて走ってきてくれましたが、首都圏ではお金を求めて近寄ってきました。  国を追われる心配をせず、こうして旅ができるのは贅沢極まりないことです。

170822 オルドゥ Ordu 246km

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夜テントに雨が落ちる音で起きました。久しぶりの雨でした。テントを撤収して西へ。トルコに入って一番にやりたかったこと、オイル交換。どこかでできないか、バイク屋さんを探していると、HONDAの看板発見!車屋さんでしたが、バイクのオイルもあるということなのでオイルだけ買いピットを使わせていただき、作業開始。前回のオイル交換はカザフスタンのアルマティ。ここまで7400km酷使しての交換です。XRのオイルは真っ黒でした。オイルと持参していたフィルター交換。
作業中はコーヒー、チャイを出してくれ、オーナーからHONDAグッズのプレゼント。最後は社員食堂で昼食までご馳走していただきました。世界三大料理、トルコ。この味は忘れません。

170821 オブ of 214km

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ジョージアを抜け、トルコへ入りました。ジョージア側はドライブスルー 。バイクにまたがったままパスポートを見せて終わり。トルコ側は大渋滞。少し優先して越境させてもらいましたがそれでも1時間以上待ちました。トルコ側でバイク保険に加入。一台110リラで30ユーロ支払いました。為替レートでは26ユーロ。。。ま、仕方ない。トラックさん達は大渋滞で越境するのに1日は待つ感じでした。
 国境を挟んでリゾート地が続き、黒海沿いに気持ちのよい道が続きます。片側2車線の高速道路。トルコへ入り、ガソリン、宿代全てが高いので、節約生活開始。今日は、ガソリンスタンド裏でテントを張らせていただくことにしました。すぐ横には黒海のビーチ、いやお風呂。ほどよい温度で気持ちよかったです。

170820 ウレキ Ureki 265km

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ジョージアきってのリゾート地、バトゥーミの近くまでやって来ました。ここでもたくさんの人で賑わっています。ここへ来るまで、対向車にはスーツケースを積んだ乗用車がたくさんいました。国内だけでなくロシアからも海水浴を求めて来る人が多いようです。  黒海はぬるい温泉のような場所。走り終わった後の海水浴は、贅沢なひと時でした。今日の宿はこの旅初のキャンプ場でのキャンプです。何人かに話しかけてもらいましたが、みなさん見事にロシア人。夕飯に誘っていただきました。中にはエジプト人も。カイロでアラビア語の先生をしているそうです。彼曰く、「Language is practice.」だそう。英語、ドイツ語、ロシア語が堪能な彼。説得力があります。   そんな彼に、旅の目的を聞かれました。ホイールを回すのが楽しいのか?と。彼はバイクに乗ったことがないので、あなたには一生わからないだろうと答えました。ちなみに彼は、カメラがない場所で音楽をかけながら車を走らせるのが楽しいそうです。いつか彼にもバイクに乗ってみてほしいなあ。
キャンプ場代 2人で10ラリ

170819 ゴリ გორი Gori 276km

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ジョージア軍用道路。名前を聞くと、荒々しい山肌を行く道を想像していました。が、実際はスキー場が点在するリゾート地。パラグライダーにラフティング、夏を楽しむ人たちでいっぱいでした。みなさんここまで涼みに来るようです。久しぶりの長袖投入。下界に下りると速攻で脱ぎました。   これまでのイスラム圏と違って、スタンドや売店に入っても、誰も笑顔で話しかけてくれません。まれに反応してくれるのは、トルコ人やロシア人。陽気な感じがもはや懐かしいです。ゲストハウスに入っても、歓迎してくれる雰囲気がなかったので、別の場所へ。マダムの歓迎っぷりがたまらず、ゲストハウスNitsaに即決。愛想って大事ですね。洗濯機が無料で使えたので、この旅4回目となるお洗濯。ジャケットは初めて水洗いしました。夕方散歩に出ていると、雨が降ってきました。とりあえず洗濯物はそのままでいいかと思っていると、マダム達が取り込んでくれていました。なんというお気遣い!素敵なマダムのお家で、久しぶりに熟睡できました。 宿泊代:2人で70ラリ

170818 ムツヘタ მცხეთა Mtskheta 245km

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ビザ代で50USD支払ったアゼルバイジャン。48時間も滞在せずに通過しました。イスラム圏では郊外のスーパーに立ち寄ると、村人達が集合します。どこから来た、日数はどれくらいかかったか、バイクはいくらだ、これからどこへ行くんだ、自分たちの国は好きか、などなど。中央アジアはイスラム圏が多かったですが、今日からはキリスト教圏、ジョージアです。女性が車を運転しているのを見たのはロシア以来。隣の国なのにまるで違います。ジョージア側の国境はまさかのドライブスルー。窓口でパスポートを見せて終了。そして国境内には免税店。そんな国もあるんですね。。。  首都のトビリシは、高層ビルが立ち並ぶ都会。宿に入ろうにも行き方がややこしく、そのまま郊外へ脱出。自然がある方が落ち着きます。
 今日は世界遺産の教会がある町、ムツヘタで宿泊。ヨーロッパの香りがします。