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1月, 2018の投稿を表示しています

180128ー0130 Rio Grande 326km

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ウシュアイアで野宿した翌朝、ここでは珍しい太陽がお出迎え。アラスカへの出発地、ウシュアイア。いいスタートです。  世界最南端の電車、「世界の果て」号を見送って、私たちも出発することに。まず、ウシュアイアで楽しみにしていた場所を目指します。ここでしか見られない、木。よしさんの18年前の記憶を頼りに横道へ入り、ダートを進みます。本当にここで合っているか不安になりつつ、寄り道すること片道34km。ようやく見つけました。風に流れる木。18年前と変わらず、そこにいてくれました。時が経ち景観が変わってしまった場所もたくさんあったようですが、変わらないものがあってくれると嬉しさも倍増。風に流されても、根がしっかり張っていれば生きていけるようです。  ウシュアイアでの任務を達成したので、あとはグラシエラさんのいるcasa azulへ向かうのみ。風に耐えながら走っていると、見覚えのある車が窓を全開にして手を振ってくれています。チリのプンタアレナスでお世話になったホンダディーラーさん。土曜日にウシュアイアに行くとは聞いていましたが、まさかほんとうに会えるとは。週末にかけてオフロードのレースがあったようで、バイクを積んだピックアップトラックをたくさん見かけました。整備してくださったパブロさん。レースに向けバイク整備に忙しかったはずなのに、私たちのことを先にやってくださいました。  リオ・グランデに着いたのは夜8時過ぎ。今回の旅で一番の向い風で思ったより時間がかかってしまいました。テントを張って就寝。安心したのか2人とも疲れがでたようです。風邪薬を飲んで死んだように寝ました。

180127 Ushuaia 246km

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ここに来るまで、風に踊らされた日々でした。パタゴニアは強風地帯。つまり毎日が台風なのです。大陸の「先端」は旅人が憧れる地ですが、そこに至るまでの過程が過酷であればあるほど行ってみたくなるというもの。ウシュアイアがまさにそうでした。風がなければここまで嬉しくもなく、達成感も感じられなかったかもしれません。風の産物である風光明媚な風景に励まされ、ここまで走ることができました。風の神様に感謝です。  到着した日、港には南極行きのフェリーが停泊していました。ここからわずか1000キロちょっとで南極。その費用は1年分の2人の旅費。行けません。南極。期待してくださった方、すみません。  せっかくウシュアイアまで走ってきたので、宿に泊まろうと何軒か訪ねてみましたが、どこも満室。お金を出せばあるのでしょうが、そんな余裕もなく。地元の方に教えてもらった無料のキャンプ場へ向かうことにしました。「世界の果て」号が出発する駅のすぐそばの敷地内。すぐ側に川が流れ、あちこちにバーベキューができる台が作られています。さすがバーベキュー文化のアルゼンチンです。テント生活13日目。順調に記録を更新した私たちでありました。

180126 Rio Grande 426km

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Punta Arenasを出発し、目指すはフエゴ島。自走で行くことのできる最南端の町、ウシュアイアがある島です。フェリー乗り場に着くと、今まさに出ようとしていた船に滑り込むことができました。すばらしいタイミングです。だいぶ前に私達を追い抜いていったバスも同じ船。  マゼラン海峡を渡ってフエゴ島へ上陸。後数日で強風ともお別れかと思うと寂しいなあなんて考えながらチリ、アルゼンチン国境を目指します。パタゴニアはチリとアルゼンチンの国境を何度も越えなければ先へ進めません。今まで通ってきた国境の中でも、陽気で気持ちのいい国境ばかりで助かります。  アルゼンチン国境を目指していると、久しぶりの羊群信号。大群で押し寄せられたら車もバイクも止まるしかありません。数は強し。羊の群れを追う犬達はみんなとても賢い犬ばかりで助かります。どうして町の犬たちはバイクを見ると吠えかかってくるのでしょうか。アフリカツインには勝てないと思うのか、私はよく追いかけられます。轢かれる寸前まで攻めてくる困った犬達…。
 ウシュアイアの手前の町、リオ・グランデで一泊することにした私たち。キャンプ場を探しますが、なかなか見つからず。そんな時に役に立つのが、「iOverlander」というアプリ。旅人にとってとっても役に立つアプリなのです。キャンプ場や野宿できる場所、安宿、ガソリンスタンドなど必要な情報を教えてくれる優れもの。実際に使った人たちの口コミもあるので助かります。今日は、口コミで絶賛されていた「La Casa Azul De Graciela」という場所に泊まることにしました。ここは個人の家ですが、庭でテントを張らせてくれ、トイレ、シャワーあり、家の中のキッチン、リビングも使えます。もちろんインターネットも。私たちをとびきりの笑顔で迎えてくれたグラシエラさん。コーヒーを淹れてくれ、ピザまで出していただきました。おもてなしのタイミングがすばらしすぎます。国境もそうですが、その町の印象は出会った人によって決まります。Rio Grande最高!明日は記念撮影の日。3日ぶりのシャワーを浴び、準備万端です。

180125 Punta Arenas 450km

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夜はあんなに吹き荒れていた風ですが、夜明け前は音一つしない無風状態。パタゴニアは早朝から出発するのが理想です。  今日はパイネ国立公園へ。塔のような形をしたTorres del Payne。万年雪を頂いたパイネグランデ山。早朝から何台ものバスが向かっています。トーレスデルパイネは、1200万年前に花崗岩が隆起してできた山だそうです。ここは入場料が1人21000ペソ(約3700円)かかるので、入り口手前の山が見える所まで攻めることに。私たちにはそれで十分でした。入り口まで行くのにも断続的にダートがあり、強風の中走るのはそれなりに大変でした。  バルセロナで交換したチェーンがもう終わりを迎えてしまったので、バイク屋さんを探して交換することに。いろいろな人に聞いて回って、プンタアレナスにあるHONDAにたどり着きました。オフィシャルのお店としてはおそらく世界最南端だろうとのことです。陽気な奥様と寡黙なメカニックさん。そしてお店の砂利道でGIANT自転車を飛ばす子供。お世話になりました。Pablo Peredes HONDA。オイル交換もついでに行いました。  ここまで11泊キャンプが続いているので、そろそろ建物の中で泊まりたいなあと邪念がよぎりましたが、安そうな宿でも一泊4万ペソ。泊まっても良いのですが値段とクオリティーが合わないのでどうしても泊まる気にはなれません。暖かい部屋は断念して、暖かい焚き火の横で今日も野宿することにしました。焚き火は宿ではできません。ここは空港横の広大な無料キャンプ場。マゼラン海峡がすぐ目の前にあります。太平洋と大西洋を結ぶ海峡として発見されたマゼラン海峡。(実際はフエゴ島などがあるので最南端ではないのですが。)明日はマゼラン海峡を渡って、フエゴ島を目指します。



180124 Cerro Castillo 310km

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ペリトモレノ氷河に行くふみさんを見送って、私たちも出発することに。連泊するとどうしても疲れが出てしまいますが、バイクに乗り始めるとさっきまでの疲れもどこへやら。不思議なものです。  出発して早々、荒野の向こうに広がる雪山の景色が見えてきました。こんな絶景が見られるのもパタゴニアならではです。その絶景の中で育つ草花達。風に身を任せて力強く育つ彼ら。私も風に負けていられません。  強風地帯に入ったところで日本人チャリダーさんに遭遇。日本国旗をたなびかせながら、歩くより遅いスピードで蛇行運転。本当、尊敬します。チャリダーの皆様。止まって話してみたいところですが、止まると転倒してしまうので仕方なく声援だけ送って先へ進むことに。今日はアルゼンチンからチリへの国境を越えなければなりません。40号線から少し入ったところに国境があるのですが、まさかのダート。前回の風ダートが脳裏をよぎりますが、そんなことは言ってられないので進むしかありません。こんな道も楽しむ余裕がもてればよいのですが…。アルゼンチン国境まではまさかのダートでしたが、チリに入った途端作りたての舗装路に。大好きです、チリ。いや、アルゼンチンも。ちなみにチャリダーの行くアウストラル街道も、アルゼンチン側は大変だったそうな。アルゼンチン、チリ両方の国境で、係員さんからの「私の名前を漢字で書いて」要請にお応えして、気持ちよく国境通過。日本人はラッキーです。
 夕方になったので、今日は国境を越えたすぐの村で宿泊することに。キャンプ場がない村なので、どこかテントを張れそうな場所を探していると、素敵なバス停を発見。向かいの消防署のおじさまに聞くと、「もちろん、どこでもOK」とご快諾。普通なら、国境の町での野宿は嫌がられそうなものですが、ここは例外のようです。他の村の人たちも気持ちよく迎えてくれました。ありがたい限りです。

180122ー0123 El Calafate 221km+160km

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ペリトモレノ氷河。高さ70M、横幅5km、面積は山梨県と同じ大きさの巨大氷河。思ったより間近で見ることができ、迫力満点でした。南米の氷河は温暖氷河で、活発に動きます。轟音が鳴り響くこともしばしば。何度か氷塊が崩れる瞬間を見ることができました。幸運なことに、コンドルも近くまで飛んできてくれました。氷河の上を颯爽と飛ぶ彼ら。鳥になって空を飛んでみたいと思ったことがあるのは私だけでしょうか。  昔は入場無料だったはずのこの国立公園も、今では外国人1人500ペソ(約3000円)かかります。お隣のチリの方も同額です。なかなかの出費でしたが、いい経験をさせていただきました。
 キャンプ場に戻ると、嬉しい再会が。汐見荘で出会ったチャリダー、ふみさんが来てくれました。アラスカからここまで足掛け11か月。サイクリストの聖地、アウストラル街道を越えて来られました。最後はトレッキングのような道で、塹壕のような道もあったそうです。1日最低100km、多い時で300km走ることもあったそうで、もはやバイク並みのスピードです。その強靭な精神力に感服。走ること以上に楽しいことがないと語るふみさんでした。

180121 El Chalten 312km

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40号線にある72kmのダート。聞く人みんなが「Very bad」と言っていた道。今ではそこを迂回する舗装路がありますが、80kmの遠回りになります。ここまできたからには「とても悪い」道だとしても行ってみたくなってしまった私。それがすべての始まりでした。 北側の入り口は、走っていてもおもしろいフラットダート。丘陵や湖が続き、風もなく、景色を見て写真を撮ろうとする余裕さえありました。が、ダートが始まって40km走行したあたりで、私の大敵が目の前に。そう、ふかふかの砂利道です。ロシアのチタ、再来。しかもそこから横風が強くなってくる始末…。止まろうにも、スピードが遅くなるとバイクはバランスを崩して転倒しやすいので、なかなか止まれません。風に抗おうにもなかなか抵抗できず、轍から砂利だまりに吹き飛ばされては、また轍を目指してアクセルを吹かすことの繰り返し。20年前はこんな道が延々と続いていたことを思うと、当時バイクで40号線を走破した人は強靭(狂人)としか思えません。最大限の敬意を込めて。  その後、パタゴニアの有名な山の一つ、フィッツロイを見るために片道100kmの寄り道。山は秀麗で惚れ惚れする姿でした。が、山に近づくにつれて強くなる横風に、バイクを立て続けなければならない私にとって、山は強風造成所でしかありません。こんなふうに思っていては風の神様に嫌われてしまうので、風は友達だと思い込む作戦にしました。そんな余裕が出てきたのはゴールが近くなってからですが…。颯爽と走り去る車が、うらやましくなったことは…ありません!!!  どうしてこんな大変なことを好き好んでやっているんだと思うこともあります。が、走り終わった後は、行ってよかったと心から思います。日本へ帰る頃には何を思うのでしょうか…。

180120 Gobernador Gregores 308km

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国道40号線。ステッカーにもなるほどの有名な道。なぜ有名かというと、自走で行ける最南端の町、ウシュアイアまで続く道で、絶え間なく強風が吹き荒れるからです。その国道40号線に、本日入りました。今はほとんどが舗装されていますが、20年ほど前はオフロード。今よりはるかに過酷だったことでしょう。気を抜けば路肩の砂利に突入してしまうこともあるので要注意です。とりあえず今日は無事に走行できました。
 40号線での楽しみは、風に加えて珍しい動物達。グアナコという動物が群れをなし、時々アルマジロが道路を横切ります。アルマジロの写真を撮ろうにも、彼らは強風エリアに突如現れるので停車することができません。明日は撮れるといいなあ。