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180422 Choluteca 290km

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Momotombo活火山 朝のマサヤ中心部 係官の席にはすべて扇風機が備わっていました。 おねだりくん  ニュースで暴動の様子が報道されていたマサヤ。朝まで爆音が鳴り響いていました。朝、町の中心部へ行くと、ガラスが散らばり、投石に使われた石が転がっています。道路の真ん中にはタイヤを燃やした跡も。地元の人はいつもと同じように生活しています。  ニカラグアの首都マナグア方面へ。町を迂回する主要道路の交差点にも、石が転がり、燃やされたタイヤが残されていました。今日は日曜日だったためか、昼間は何事もなく国境まで走ることができました。検問に立つ警察官は女性が多かったのは、昨日の騒ぎの影響かもしれません。  ホンジュラス国境では、ガイド(有料)が集まってきました。イミグレの列に並んでいると、お金をせがむ子どもも。まだまだホンジュラスは貧しい国のようです。すべての手続きが終わり、バイクのところに戻ると、ずっとバイクを見てたよ!と笑顔で言ってくる少年。ずっと見ていなかったことはわかっているのですが、暑い中これも彼らの仕事なのだろうと思い、100円もしないコーラを買ってあげました。後から自分でお菓子を買っていたのには驚きましたが。  何はともあれ、今日も無事です。  ニカラグア出国 ①イミグレでパスポートにスタンプをもらい、出国税1人2USD支払う。 ②税関で出入国カードに記入し、係官にバイクを点検してもらう。 ③荷物をX線検査にかけ、②の書類にサインをもらう。 ④税関でペルミソを返却し、サインされた②の書類をもらう。 ⑤故郷ゲートで出入国カードを提出して終了。 ホンジュラス入国 ①イミグレでスタンプをもらい、入国税1人3USD支払う。 ②税関でペルミソを作成してもらう。作成料?書類代?1台35USD支払う。 ニカラグアはあっさり終了しましたが、ホンジュラス側では汗だくで並び手続きすること1時間以上。合計2時間半で終了しました。

180421 Masaya 246km

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ニカラグアのガイドさん 保険屋さん 左のテントにお巡りさんがいます。  ニカラグアのイミグレ ホテルの目の前でデモ開始。公園外には野次馬が。   コスタリカからニカラグアへ入国。コスタリカの宿主人をはじめ、ニカラグアは危ないからやめておけとさんざん言われました。が、走らなければ次の国へ行けないので入国。きわめつけは、国境で会ったニカラグアから来たというライダー。つい4日前から暴動が起きているとのこと。死傷者も出ており、都市部には近づくな、夕方4時以降は出歩くなと言われました。そこまでひどいのかと思い、国境で働く人たちにも聞いて見ると、みなニカラグアは安全だと口を揃えます。少し安心。走っていても、国境近くの南側は平和そうに感じました。  念のため、地方都市マサヤに宿泊することにしましたが、ほとんどの店が鉄格子を閉めています。今日は土曜日なのに。早めに鉄製の扉がついたガレージ付きの宿に入り、ほっとしたのも束の間、外からバズーカのような音が聞こえてきました。何事かとオーナーに聞くと、政府に対するデモとのこと。危ないから公園の方には行くなと言われました。時計を見ると、ちょうど4時を過ぎた頃。国境で言われた意味がわかりました。自国のことを悪く言う人はいないということも。  食事をするため近くのレストランへ行きましたが、営業中でも柵に鍵がかかっています。私たちが安全だとわかってもらえたのか、中に入れてもらえました。注文して待っていると、外が騒がしくなり、従業員が慌てて机や椅子でバリケードを作り始めます。ここも危険だと思った私たちは、食事を持ち帰ることに。外を見ると、口元にタオルを巻いた若者がバイクに二人乗りして走り回っています。地元民によれば、彼らが過激派だそう。  ホンジュラス国境まで200km弱。早く違う国に行かなければ。旅行者はこうして違う国へ行けばすむ話ですが、その国で暮らす人たちはどんな思いで毎日を送っているのでしょうか。ベネズエラからの膨大な数の難民、ニカラグアの暴動。日本ではどこまで報道されているのでしょう。外務省のHPも確認してみましたが、相変わらずレベル1のまま。やはりあてにはなりません。自分の身は自分で守らなければ。 コスタリカ...